健康管理システム導入後の落とし穴③ 面談記録編~紙からデジタルで失われるもの~

健康管理システムの導入を検討している、または既に導入したものの期待した効果を得られずに悩んでいる企業担当者の方へ。本シリーズでは、健康管理システムの設計者・開発者の視点から、導入後によくある問題とその解決策を解説しています。
第3回は、産業医面談や保健指導の「面談記録」に焦点を当てます。健康管理システム導入の目的の一つは「従業員の健康情報の一元管理」のはずなのに、なぜか面談記録だけが紙のまま取り残されてしまう企業が少なくありません。今回は、面談記録のシステム化で発生する4つの典型的な落とし穴と、その対策について詳しく解説します。
なぜ面談記録のシステム化で問題が起きるのか
面談記録は、健康管理の中でも特に扱いが難しい情報です。健康診断結果のように数値データが中心のものとは異なり、面談記録には高い機密性、自由記述の必要性、リアルタイムでの記録・参照というニーズがあります。
さらに、産業医や保健師といった医療職の方々は、長年培った記録方法や情報整理の仕方があり、システムの操作性が従来の方法と大きく異なると、かえって業務効率が低下してしまうことがあります。システム設計時に面談記録の重要性や特殊性が十分に検討されていないと、「健診結果はシステムで管理できるようになったが、面談記録は相変わらず紙のまま」という状況に陥りがちです。

落とし穴1:ITリテラシー格差による受検率低下問題
期待していた機能がない現実
健康管理システムを導入する際、多くの企業が「面談記録もシステムで一元管理できる」と期待します。しかし、実際にシステムを使い始めると、面談記録機能がない、または非常に使いづらいことが判明するケースが頻発しています。
典型的な問題のパターン
A社では、健康診断結果の管理とストレスチェック機能を重視してシステムを選定しました。導入後、健診結果の電子化とストレスチェックの効率化は順調に進みましたが、産業医面談の記録については想定していたような機能がありませんでした。システムには「面談記録機能」と謳われていましたが、実際は簡単なテキスト入力欄があるだけで、面談の種類の分類、フォローアップの管理、過去の面談との関連付けなどができない状態でした。
結果として、産業医からは「これなら紙のカルテの方が使いやすい」との声が上がり、健診結果やストレスチェックはシステムで管理しているにも関わらず、面談記録だけは従来通りの手書きのカルテで管理を続けることになりました。
使いづらさが招く逆戻り
また、面談記録機能があったとしても、産業医や保健師にとって使いづらいインターフェースであれば、結局は紙での運用に戻ってしまいます。システムの入力画面が複雑すぎる、必要な項目がない、入力に時間がかかりすぎるといった問題により、「システム導入前よりも面談記録の作成に時間がかかるようになった」というケースも珍しくありません。
対策のポイント
- システム選定時に面談記録機能の詳細仕様を必ず確認する
- 産業医・保健師による実際の操作デモを実施し、使いやすさを事前評価する
- 現在の面談記録の運用方法を整理し、システムで同等以上の機能が実現できるか検証する
- 段階的な移行計画を立て、無理のないペースでシステム化を進める
落とし穴2:過去記録の保管・検索困難と他データとの参照困難
カルテの保存すらできない問題
面談記録をシステム化しようとして最初に直面するのが、「そもそも個人のカルテにファイルを保存できない」という基本的な問題です。多くの企業では、システム導入前に蓄積された紙のカルテをPDFファイルに変換し、個人の健康管理カルテに保存したいと考えますが、システムにファイル添付機能がない場合、この基本的なニーズすら満たせません。
具体的な困りごと
B社では、システム導入前の10年間にわたって蓄積された手書きの面談カルテがありました。これらの過去カルテには貴重な健康情報の変遷が記録されており、継続的な健康管理のために参照したいと考えていました。そこで、紙のカルテをスキャンしてPDFファイルに変換し、システムに取り込もうとしましたが、導入したシステムには個人カルテへのファイル添付機能がありませんでした。
結果として、過去の重要な面談履歴がシステム上で参照できないまま、別途ファイルサーバーで管理せざるを得なくなり、情報が分散してしまいました。産業医が過去の経緯を確認したい時に、システムと別の場所を探さなければならない非効率な状況が生まれました。
面談履歴の把握困難
さらに深刻な問題は、「いつ、誰が、どのような面談をしたのか」という基本的な情報の把握が困難になることです。紙の面談記録では、個人ファイルを開けば時系列で面談履歴を一覧できましたが、システムでは面談記録の一覧表示機能が不十分なケースが多く見られます。
産業医が「この従業員、前回いつ面談したっけ?その時はどんな内容だったっけ?」と確認したくても、システム上で面談履歴を素早く確認できない状況が発生します。これにより、面談の継続性が損なわれ、効果的な健康管理ができなくなってしまいます。
他の健康データとの同時参照ができない
面談を効果的に実施するためには、健康診断結果、ストレスチェック結果、過去の面談記録などを総合的に参照する必要があります。しかし、多くのシステムでは、面談記録の入力画面と他のデータの参照画面を同時に表示することができません。
実際の運用での困りごと
C社の産業医は、面談中に従業員の健康診断結果を確認するために別の画面を開くと、面談記録の入力画面が見えなくなってしまいます。そのため、健診結果をメモ紙に書き写してから面談記録画面に戻る、といった非効率な作業が発生しています。
また、ストレスチェックで高ストレス者となった従業員の面談を実施する際も、ストレスチェック結果と面談記録を同時に参照できないため、関連性を把握しながらの面談が困難になっています。
対策のポイント
- システム選定時にファイル添付・保存機能の有無を必ず確認する
- 面談履歴の一覧表示・検索機能の充実度をデモで確認する
- マルチウィンドウ表示やタブ切り替え機能があるかチェックする
- 健診結果やストレスチェック結果との連携表示が可能か検証する
- 過去記録の検索機能(日付、面談種別、キーワード等)の性能を確認する
落とし穴3:紙運用時の柔軟性の喪失
付箋やマーキングによる視覚的管理の消失
長年にわたって紙での面談記録を行ってきた産業医や保健師には、それぞれ独自の記録方法や情報整理の仕方があります。その中でも特に多いのが、付箋やマーカー、色分けによる視覚的な情報管理です。
失われた柔軟な運用例
D社では、産業医が紙のカルテに重要度に応じて色分けした付箋を貼る運用を長年続けていました。赤い付箋は「緊急フォロー要」、黄色は「要注意」、青は「経過観察」といった具合に、カルテを開いた瞬間に該当者の状況が視覚的に分かるシステムを構築していました。
しかし、システム移行後はこのような視覚的な管理ができなくなり、各従業員の面談記録を個別に開かないと重要度が分からない状況になりました。結果として、緊急対応が必要な従業員の見落としリスクが高まりました。
「ちょっとしたメモ」を記録する場所がない
面談中には、正式な記録として残すほどではないが、次回面談時に参考にしたい「ちょっとした情報」が多く出てきます。家族の状況変化、職場での人間関係、趣味や興味の変化など、従業員との信頼関係構築や継続的な健康支援に重要な情報です。
紙の面談記録では、余白にメモしたり、付箋に書いて貼り付けたりすることで、こうした情報を柔軟に記録できていました。しかし、多くのシステムでは決められた入力項目以外の情報を記録する場所がなく、重要な情報が記録されずに失われてしまいます。
緊急時の情報更新困難
面談中に緊急連絡先の変更や、新たな服薬情報などが判明することがあります。紙の記録では、その場ですぐにメモできましたが、システムでは該当する入力項目を探したり、別の画面に移動したりする必要があり、面談の流れが中断されてしまいます。
対策のポイント
- 自由記入欄やメモ機能が充実しているかを確認する
- フラグ設定や重要度分類機能があるか検証する
- カスタマイズ可能な項目の範囲を事前に把握する
- 面談中のリアルタイム入力のしやすさをデモで確認する
- 現在の紙運用での「良い慣習」をシステムでも実現する方法を検討する
落とし穴4:アクセス権限とセキュリティの問題
複雑すぎる権限設定による弊害
面談記録は従業員の個人的な健康情報の中でも特に機密性の高い情報です。そのため、適切なアクセス権限の設定が不可欠ですが、権限設定が複雑すぎて運用に支障をきたすケースが頻発しています。
権限設定の典型的な問題
E社では、セキュリティを重視するあまり、面談記録へのアクセス権限を非常に厳格に設定しました。その結果、産業医でさえも面談記録を閲覧するために複数の承認プロセスを経る必要が生じ、緊急時の対応に支障をきたしました。
また、月1回しか来社しない非常勤の産業医のアカウント管理が煩雑になり、面談当日にシステムにログインできないトラブルが頻発し、結局は紙での記録に戻らざるを得なくなりました。
不適切な権限付与による情報漏洩リスク
一方で、権限設定が適切に行われていないために、本来アクセスできるべきでない人が面談記録を閲覧できてしまうケースもあります。
具体的な問題事例
F社では、システム管理者が人事部の担当者になっていたため、人事部の職員が全従業員の詳細な面談記録を閲覧できる状態になっていました。産業医面談で話された個人的な健康課題や家庭の事情などが、人事評価に影響を与える可能性のある立場の人に見られてしまうリスクが発生していました。
この問題は、従業員からの「面談内容が人事に知られるのではないか」という不安を招き、面談での率直な相談を妨げる要因となりました。
組織変更時の権限管理の混乱
保健師の産休・育休、産業医の交代、システム管理者の異動など、組織の変更に伴うアクセス権限の管理も重要な課題です。
G社では、保健師が産休に入った際に、代理で面談業務を担当する保健師へのアクセス権限付与を忘れてしまい、2か月間にわたって面談記録がシステムで管理できない状況が続きました。この期間中は紙での記録に戻らざるを得ず、システム導入の効果が大幅に減少しました。
対策のポイント
- 役割ベースでの細かいアクセス権限設定が可能なシステムを選定する
- 権限管理の運用ルールを導入前に詳細に策定する
- 定期的なアクセス権限の棚卸しを実施する体制を構築する
- 組織変更時の権限管理プロセスを明文化する
- セキュリティと利便性のバランスを考慮した権限設計を行う
まとめ:面談記録のシステム化成功のポイント
面談記録の適切なシステム化を実現するためには、技術面、運用面、体制面での包括的な対策が必要です。
技術面での対策
面談記録機能の充実度を最重要視したシステム選定を行い、他の健康データとの連携表示機能を必ず確認する。また、現在の紙運用での柔軟性を担保する機能が標準で搭載されているかも重要な選定基準とする。
運用面での対策
システム選定の段階から産業医・保健師を積極的に巻き込み、実際の利用者の視点での評価を重視する。また、一度にすべてをシステム化するのではなく、段階的な移行により運用の定着を図る。導入後も定期的な運用見直しとシステム改善を継続する。
体制面での対策
面談記録の機密性を考慮した適切なアクセス権限設計を行い、定期的な見直しを実施する体制を構築する。関係者への操作研修を充実させ、紙運用時の良い慣習をシステムでも実現する工夫を続ける。
面談記録のシステム化は、適切に実施すれば従業員の健康管理の質と効率を大幅に向上させることができます。これらの落とし穴を事前に理解し、適切な対策を講じることで、真の一元管理を実現し、効果的な健康経営を推進していきましょう。
執筆・監修
WellaboSWP編集チーム
「機能する産業保健の提供」をコンセプトとして、健康管理、健康経営を一気通貫して支えてきたメディヴァ保健事業部産業保健チームの経験やノウハウをご紹介している。WellaboSWP編集チームは、主にコンサルタントと産業医・保健師などの専門職で構成されている。株式会社メディヴァの健康経営推進チームに参画している者も所属している。