健康管理システムの導入失敗事例から学ぶ5つの教訓

近年、健康経営の重要性が高まる中、多くの企業が健康管理システムの導入を検討しています。法的要件の厳格化やデジタル化の推進により、紙やExcelベースの管理から脱却し、効率的なシステム導入を目指す企業は急増しています。
しかし、健康管理システムの導入は決して簡単ではありません。「システムを導入したものの期待した効果が得られない」「現場の混乱を招いてしまった」「年度末にデータを入れるだけの箱になっている」といった失敗事例も少なくないのが現実です。
本記事では、実際の失敗事例から学べる5つの重要な教訓をご紹介します。これらの教訓を事前に理解することで、あなたの会社での健康管理システム導入を成功に導くためのヒントを得ることができるでしょう。なお、詳細な選定方法については「健康管理システム選定方法ガイド」も併せてご参照ください。

健康管理システム導入失敗の実態
健康管理システムの導入失敗とは、システムの機能に問題があるという技術的な課題だけを指すわけではありません。「導入したが誰も使わない」「効率化どころか業務負担が増えた」「現場の反発により運用が分裂してしまった」といった状況も、導入失敗と言えるでしょう。
実際の導入事例を見ると、「期待した効果を得られていない」と感じる企業も少なくなく、さらに深刻なケースでは、システム導入により業務効率が悪化したり、従業員の健康管理への信頼を損なってしまったりする例も見受けられます。
このような失敗は、企業に多大な損失をもたらします。システム導入にかかった初期投資の無駄だけでなく、健康経営の推進が停滞し、従業員の健康管理体制の構築が遅れるという機会損失も発生します。また、一度失敗したシステム導入の経験により、関係者のIT化への抵抗感が強まり、将来的なデジタル化推進にも悪影響を与える可能性があります。
失敗事例から学ぶ5つの教訓
【教訓1】運用を想定しない導入の落とし穴
失敗事例
ある中堅企業では、法的要件への対応を目的として健康管理システムを導入しました。しかし、導入後1年が経過してみると、システムは年度末の健康診断結果を一括登録するためだけに使用され、日常的な健康管理業務には全く活用されていませんでした。せっかくのシステムが単なる「データの箱」と化してしまったケースがありました。
原因分析
このケースでは、導入目的が「健康管理システムを入れること」自体になってしまい、システムを使って何を実現したいのかが不明確でした。また、現場の日常業務フローとシステムの連携が全く設計されておらず、定期的にシステムを活用する仕組みが構築されていませんでした。
健康管理システムの真価は、継続的な活用によってこそ発揮されます。健康診断結果の経年変化の追跡、ストレスチェック後のフォロー、長時間労働者への産業医面談調整など、年間を通じた様々な場面での活用が想定されているにも関わらず、それが計画されていなかったのです。
対策
- 年間運用スケジュールの事前策定:
健康診断、ストレスチェック、産業医面談など、月間、年間を通じてシステムをどのタイミングで活用するかを具体的に計画する - 日常業務での活用シーンの明確化:
月次での健康データ確認、四半期での部署別分析など、定期的なシステム活用の場面を設定する - 段階的な運用開始:
一度にすべての機能を使おうとせず、まずは基本機能から開始し、慣れてから応用機能を追加していく - 運用定着のための仕組み作り:
システム活用を業務フローに組み込み、担当者が自然にシステムを使わざるを得ない状況を作る
【教訓2】データ準備作業の過小評価が招く現場負担
失敗事例
大手企業のA社では、毎年の定期健康診断の結果をシステムに取り込むため、契約している健診機関にデータでの納品を依頼しました。しかし、電子データ化には追加料金が必要であることが判明しました。さらに、納品されるデータ形式がシステムの想定するフォーマットと異なっており、そのままでは取り込みができず、データの並び替えや変換作業が必要であることがわかりました。
このため外部業者にデータ変換を依頼したところ、想定外の費用がかかることに加え、納期も3ヶ月と長期間を要することが判明し、運用に耐えられない状況となることがわかりました。やむなく内製でのデータ化・変換を選択したものの、膨大な健康診断結果を手作業で変換する作業は想像以上に大変で、個人情報を大量に扱うことに対する精神的負担も大きく、担当者の業務負荷が大幅に増加してしまいました。結果として、システム導入により業務効率を向上させるはずが、逆に担当者の負担が増加してしまったケースがありました。
原因分析
この失敗の根本原因は、健診機関とのデータ納品の詳細確認とデータ変換に必要な工数の見積もりが甘かったことです。また、システムベンダーのデータ変換サポート体制についても十分な確認を行っていませんでした。さらに、個人情報を大量に扱うことに伴う担当者の心理的負担についても軽視していました。
多くの企業では、健診機関から提供されるデータ形式とシステムが想定するデータ形式に違いがあり、何らかの変換作業が必要になることが一般的です。外注すれば高額なコストと長い納期が発生し、内製すれば担当者に大きな負担がかかります。
対策
- 健診機関とのデータ連携の詳細確認:
データ形式、追加費用、納期などを事前に詳細確認し、システムとの適合性を評価する - ベンダーのデータ変換サポート体制の詳細確認:
単にシステムを提供するだけでなく、データ変換支援やデータ加工代行サービスがあるかを確認する - 外注・内製それぞれのコストと工数の比較検討:
時間的制約、費用、品質の観点から最適な方法を選択する
【教訓3】関係者への説明不足による抵抗と分裂
失敗事例
ある企業では、健康管理システムの導入を人事部主導で進めていました。しかし、導入後に嘱託産業医から「このシステムの使い方がよくわからない。今まで通り紙で健診判定と面談記録を管理したい」という要望が出されました。
産業医への事前説明や操作研修が不十分だったため、結果として産業医面談に関する部分だけアナログ運用が継続されることになりました。これにより、システムによるデータ一元管理という本来の目的が達成できず、健康管理業務は以前よりも複雑になってしまったケースがありました。
原因分析
この失敗の原因は、システム導入プロジェクトにすべてのステークホルダーが参画していなかったことです。特に、実際にシステムを使用する産業医への事前説明や意見聴取が不十分でした。
産業医は企業の健康管理において重要な役割を担っており、その協力なしには健康管理システムの効果を最大化することはできません。しかし、産業医は外部の専門家であることが多く、社内のシステム導入プロジェクトから除外されがちです。
対策
- 全関係者への事前説明と参画要請:
システム導入の計画段階から、産業医、保健師、現場の担当者など、すべての関係者を巻き込む - 産業医向けのデモンストレーション実施:
産業医が実際にシステムを触り、使いやすさや機能を確認できる機会を設ける - 産業医の業務フローに配慮した設定:
産業医の既存の業務スタイルを尊重し、システムがその妨げにならないような配慮を行う - 段階的な導入による慣れ期間の設定:
いきなりすべてをデジタル化するのではなく、徐々にシステムに慣れてもらう期間を設ける - 継続的なサポート体制の構築:
導入後も産業医からの質問や要望に対応できるサポート体制を整える
【教訓4】運用プロセス変更への準備不足
失敗事例
中小企業のB社では、従来の健康管理業務として、健診機関の産業医と契約していたため、健康診断結果の納品時点で既に産業医による判定が完了した状態で結果が提供されていました。担当者はその判定結果に基づいて受診勧奨や面談を実施するという流れで運用していました。
ところが、導入したシステムは一般的な健康管理業務フロー、すなわち健診機関から健康診断結果を受け取り、保健師が内容を確認後、産業医が就業判定を行い、その判定結果に基づいて保健師や担当者が受診勧奨や面談を実施するという流れを想定した作りになっていました。そのため、システムは産業医判定をシステム内で行う仕様になっており、外部で完了済みの判定結果を取り込む機能がありませんでした。
このため、システム上では改めて産業医判定を実施する必要が生じ、健診機関での判定とシステム内での判定という二重の作業が発生してしまいました。結果として、従来の業務フローとシステムの想定する業務フローのギャップにより、業務が煩雑化してしまったケースがありました。
原因分析
このケースでは、現状の健康管理業務フローの詳細分析が不十分で、システムが想定している標準的な業務プロセスとの差異を事前に把握できていませんでした。多くの健康管理システムは、システムベンダーが想定した標準的なプロセスで設計されているため、企業独自の運用方法とは合わない場合があります。
また、システム導入に伴う業務プロセスの変更について、現場への説明や業務フロー見直しの検討が不足していたことも問題でした。変更管理のプロセスが軽視され、現場の混乱を招く結果となったのです。
対策
- 詳細な現状業務フロー分析:
健診結果の受領から事後措置まで、現在の健康管理業務がどのような手順で行われているかを詳細に可視化する - システムが想定している標準的な運用プロセスの詳細確認:
システムベンダーに対し、どのような業務フローを前提として設計されているか確認する - 自社の現行運用プロセスが変更に耐えうるかの評価:
現場の担当者や関係者の意見を聞き、システム運用への変更の実現可能性を評価する - システム側での対応可能性確認:
現在の企業の運用にシステムのカスタマイズで対応可能かを確認する
【教訓5】科学的根拠不足による従業員不安
失敗事例
ある企業では、健康管理システムに含まれる「健康年齢」機能を使って従業員の健康状態を可視化しようとしました。しかし、この健康年齢の算出方法が不明確で、従業員から「なぜこの年齢になるのか」「この数値は信頼できるのか」といった質問が寄せられても、担当者が明確に答えられませんでした。
結果として、従業員の間では健康管理システムの数値への疑問が生まれ、健康管理への関心が低下してしまったケースがありました。本来は健康意識を高めるためのツールが、逆に健康管理への不信を招く結果となりました。
原因分析
この失敗の根本原因は、システムが提供する健康指標の科学的根拠を十分に確認しないまま導入してしまったことです。健康年齢やリスクスコアなどの指標は魅力的に見えることがありますが、その算出方法や基準となるデータが明確でなければ、従業員の理解や信頼を得ることはできません。
また、こうした指標について従業員に説明するための資料準備も不十分でした。産業医などの専門家による監修も受けていなかったため、質問への対応ができない状況が発生しました。
対策
- 医学的エビデンスに基づく指標選択:
システムが提供する健康指標について、その算出方法や根拠となる研究データを詳細に確認する。そもそもこのような指標が本当に必要なのかも検討する。 - 産業医監修による説明資料作成:
健康指標の意味や活用方法について、産業医の監修を受けた説明資料を準備する - 指標の算出根拠を明確に示せるシステムの選定:
従業員からの質問に対して、具体的な算出方法や改善方法を示せるシステムを選ぶ
企業規模別の注意点
大企業での失敗パターン
大企業では、組織の複雑さが健康管理システム導入の障壁となることがあります。複数の部署や拠点があるため、情報共有が不十分になりがちで、一部の部署だけでシステム導入を進めてしまい、他の部署との連携がうまくいかないケースが見られます。
また、拠点間での運用統一が困難な場合もあります。各拠点で異なる健診機関を利用していたり、産業医の体制が異なっていたりするため、統一的なシステム運用が実現できない問題が発生します。
大規模なデータ移行の複雑さも大企業特有の課題です。長年蓄積された大量のデータを移行する際に、データの不整合や欠損が発生しやすく、移行後のデータ品質に問題を抱えるケースがあります。
中小企業での失敗パターン
中小企業では、限られたリソースによる準備不足が主な失敗要因となります。専任の担当者を置けないため、兼任担当者が十分な検討時間を確保できず、導入後に想定外の問題が発生することがあります。
健康管理や産業保健に関する専門知識の不足も課題です。大企業であれば産業医や保健師が常駐していることが多いですが、中小企業では外部の専門家に頼ることが多く、システム選定や運用設計において専門的な判断ができないことがあります。
外部サポートの活用不足も問題となります。コストを抑えるために自社だけで導入を進めようとした結果、適切な設定ができずに失敗するケースが見られます。
成功に導くためのチェックポイント
健康管理システム導入を成功させるためには、以下のチェックポイントを段階的に確認することが重要です。
導入前の準備段階
- 現状の健康管理業務の詳細な分析と課題の明確化ができているか
- システム導入の目的と期待する効果が具体的に設定されているか
- 全関係者(担当者、産業医、経営層)の合意と協力体制が構築されているか
- データ移行計画と必要工数の見積もりが適切に行われているか
導入プロセス
- システムが想定する運用プロセスと自社の現状のギャップは把握できているか
- 段階的な導入計画と研修プログラムが設計されているか
- 導入後のサポート体制は十分に確保されているか
- システムの機能や指標の科学的根拠は確認されているか
導入後の定着化
- 定期的なシステム活用の場面が業務フローに組み込まれているか
- 効果測定の指標と測定方法が設定されているか
- 継続的な改善のためのフィードバック収集の仕組みがあるか
- ベンダーとの定期的なレビュー体制は構築されているか
これらのチェックポイントについては、「健康管理システム選定方法ガイド」でより詳細な検討方法を解説していますので、併せてご活用ください。
まとめ
健康管理システムの導入失敗事例から学んだ5つの教訓は、いずれも事前の準備と計画によって回避可能な問題です。運用想定の不備、データ準備の過小評価、関係者への説明不足、運用プロセス変更への準備不足、科学的根拠の確認不足など、どれも「知っていれば防げた」失敗と言えるでしょう。
成功する健康管理システム導入のためには、システムの機能や価格だけでなく、導入後の運用まで含めた総合的な検討が不可欠です。また、健康管理システムは単なるITツールではなく、企業の健康経営を支える重要な基盤であることを理解し、長期的な視点で取り組むことが重要です。
WellaboSWPでは、これらの失敗事例を踏まえ、導入前の詳細な現状分析から導入後の運用サポートまで、包括的な支援を提供しています。豊富な導入実績から得られた知見を活かし、お客様の健康管理システム導入を成功に導きます。
健康管理システムの導入をご検討の際は、まず「健康管理システム選定方法ガイド」をダウンロードしていただき、体系的な検討プロセスを進めることをお勧めします。適切な準備と計画により、健康管理システム導入を成功させ、効果的な健康経営を実現していきましょう。
執筆・監修
WellaboSWP編集チーム
「機能する産業保健の提供」をコンセプトとして、健康管理、健康経営を一気通貫して支えてきたメディヴァ保健事業部産業保健チームの経験やノウハウをご紹介している。WellaboSWP編集チームは、主にコンサルタントと産業医・保健師などの専門職で構成されている。株式会社メディヴァの健康経営推進チームに参画している者も所属している。