産業医・保健師の健康経営への関わり方 – 企業の健康経営戦略における専門家の役割

はじめに

わずか10年間で、「健康経営」という言葉が企業活動の中で広く使われるようになりました。健康経営とは、従業員の健康管理を経営的な視点から考え、戦略的に実践することで、組織の生産性向上や企業価値の向上を目指す取り組みで、企業の持続的な成長と競争力強化に直結する経営戦略として位置付けられるようになってきました。

健康経営推進の大きな潮流の中で、産業医や保健師といった産業保健の専門家はどのように関わるべきでしょうか。我々はこれまでに好事例も残念事例も多数目にしてきました。本記事では、産業医・保健師が健康経営に積極的に関わることの意義と、具体的な関わり方について解説します。健康経営の推進は、産業保健活動を充実させる絶好の機会であり、専門家としての価値を高める好機でもあるのです。(健康経営やるなら健康管理をちゃんとやろうよと思ってしまいがちですが、ぐっとこらえてチャンスだと思ってください)

健康経営における産業保健の位置づけ

健康経営のお城の土台としての産業保健

健康経営と産業保健の関係性を考える上で参考になるのが、産業医科大学産業生態科学研究所産業保健経営学研究室の森教授が提唱する「健康経営のお城の土台としての産業保健」という考え方です。この概念では、健康経営を壮大なお城(ちなみに森先生は名古屋城に例えられています。)に例え、その強固な土台として産業保健が位置づけられています。

お城(健康経営)がいかに立派に見えても、その土台(産業保健)がしっかりしていなければ、長期的な安定は望めません。同様に、健康経営の取り組みも、労働安全衛生法に基づく基本的な健康管理や職場環境整備といった産業保健活動の土台があってこそ、持続的な効果を生み出すことができるのです。実際、健康経営度調査でもお城の土台が整備されているかを問う質問が散りばめられています。

企業の健康経営の成熟度が高まるにつれて、より専門的な産業保健の知見が必要となります。データに基づいた健康課題の抽出、効果的な施策の立案、適切な評価指標の設定など、健康経営のPDCAサイクルの各段階で産業保健の専門家による支援が求められるようになります。

健康経営は産業保健充実のチャンス!!

健康経営の盛り上がりは、産業医や保健師にとって産業保健活動を拡大・強化する絶好の機会だと考えています。多くの企業では、健康経営に取り組む際、まずは健康づくり施策からスタートする傾向があります。ウォーキングイベントやセミナーなど、従業員の参加しやすい取り組みから始めるケースが多いです。打ち上げ花火と揶揄されてしまうこともありますが、まずは打ち上げることが大切なこともあります。

健康経営を本格的に推進していくうちに、企業は必然的に「効果測定」や「PDCAサイクルの確立」という課題に直面します。そこでようやく基本的な健康管理体制の重要性に気づくことも多々あります。つまり、健康経営の推進は入り口がどこであっても、最終的には健康管理という産業保健の土台に立ち返らざるを得なくなり、この流れを意識しておくことが重要です。企業が健康づくり施策から始めたとしても、産業医・保健師はその段階から積極的に関わっておくべきです。なぜなら、企業が健康経営のPDCAサイクルを回す中で土台の部分で困った時に、すでに関係性を構築している産業保健の専門家として力を発揮できるからです。

また、健康経営への取り組みは、経営層や人事部門に産業保健活動の重要性を理解してもらう絶好の機会でもあります。健康経営という文脈があることで、これまで法令遵守の観点からしか見られていなかった産業保健活動が、経営戦略の一環として認識されるようになります。

産業医・保健師の具体的な関わり方

健康づくり施策への専門的知見の提供

健康経営の取り組みを始めたばかりの企業では、健康増進イベントやセミナーなどの健康づくり施策が中心となります。産業医・保健師はこの段階から、適切な施策や運営に関する助言を提供することで関わることができます。

例えば、ウォーキングイベントを計画する際には、適切な目標設定や効果的な動機づけの方法、リスク管理の観点からのアドバイスは重宝されます。また、健康セミナーの内容監修や講師としての登壇も、専門性を活かせる関わり方です。セミナーに登壇することで健康管理室の中の人としての顔を売ることができることもメリットです。

健康経営度調査対応と健康指標のデータ化

健康経営に取り組む企業の多くは健康経営優良法人認定の取得を目指します。これらの調査票や申請書では、従業員・組織の健康状態に関する様々な指標が問われます。産業医・保健師は、このような健康指標に日頃から触れることができます。健康経営度調査を意識して指標を整理しておくことや、その指標の解釈を伝えることは、普段健康指標に触れることが少ない、あるいは処理の仕方がわからない人事・健康経営担当者目線で大変助かるものとなります。

健康管理システムの選定・導入においても、産業医・保健師の視点は貴重です。単なる健診結果の管理だけでなく、データを可視化し、PDCAを回せるシステムかどうかを評価する際に、産業保健の専門家としての意見が活きてきます。「〇〇という指標にはエビデンスがなく、取り扱うことには・・・と言った危険性も考えられます」といったアドバイスも専門家ではない担当者にとっては大変参考になるものです。

健康経営推進体制への参画

健康経営の効果的な推進には、全社的な推進体制が不可欠です。多くの企業では「健康経営推進委員会」などの名称の組織を設置しています。産業医・保健師は、この推進体制に積極的に参画することで、専門的な立場から健康経営戦略の策定や評価に貢献できます。特に、健康課題の抽出や優先順位付け、適切な施策の選定、効果測定の指標設定などの場面で、専門知識を活かした助言が可能です。

また、健康経営担当者と定期的にミーティングを持ち、施策の進捗状況を共有したり、課題解決のためのディスカッションを行ったりすることも有効な関わり方です。ちなみに我々のコンサルティングの経験上、実は専門職チームと健康経営担当者チームが分断されており、同じようなことをやっていたり、専門職チームが持っているデータについて健康経営担当チームが知らなかったりなど、生産性向上を目指しているチームの生産性が低いという悲しい状況を目にすることがあり、勿体無さを感じることが多々あります。

健康経営への関わりが日常の産業保健活動にもたらすメリット

健康経営への積極的な関わりは、産業医・保健師の日常の産業保健活動にも様々なメリットをもたらします。まず、健康づくり施策への関与を通じて、普段の健康相談や面談ではなかなか接点を持てない従業員とのコミュニケーション機会が生まれます。イベントやセミナーでの関わりが、その後の産業保健活動における信頼関係構築につながるケースも少なくありません。

また、健康経営の取り組みは、治療や対処療法的な関わりだけでなく、予防的・包括的な健康支援を行う機会を提供します。例えば、生活習慣病予防のための食生活改善プログラムや、メンタルヘルス不調の一次予防としてのストレスマネジメント研修など、より上流からの介入が可能になります。

さらに、健康経営の文脈で産業保健活動を位置づけることで、経営層や従業員の産業保健への理解や関心が高まります。これまで「法律だから仕方なく」という受け止め方をされていた取り組みが、「会社の成長のために重要」という認識に変わっていくことで、活動の幅が広がり、効果も高まります。

データに基づく健康経営の推進は、産業保健活動の効果検証にも役立ちます。実は産業保健活動においてアウトカムの可視化は不十分であることが多く、面談を何件実施した、要精密検査受診率は何%だったという、プロセスしか可視化されていないことが多々あります。産業保健活動のROIを明確にするためにも、まずは健康経営で求められる健康診断結果やストレスチェックデータ、健康関連指標などを経年で分析することで、自らの活動の成果を可視化し、より効果的な支援方法を模索することができるようになります。

まとめ:産業医・保健師の積極的関与への呼びかけ

健康経営の推進において、産業医・保健師が果たす役割は非常に大きいものです。健康経営は単なるブームではなく、産業保健を充実させ、その価値を高める絶好のチャンスと捉えると良いと私たちは考えています。

産業保健は健康経営の土台として機能し、企業が健康づくり施策から始めたとしても、最終的には健康管理の重要性に気づき、産業保健の専門家の支援を必要とするようになります。そのため、初期段階から積極的に関わることで、企業の健康経営が本格化した際に力を発揮できる関係性を構築することが重要です。

具体的には、健康づくり施策への専門的知見の提供、健康指標のデータ化支援、健康管理システム選定への関与、健康経営推進体制への参画など、様々な形での関わりが可能です。これらの関わりは、日常の産業保健活動の充実にもつながります。

産業医・保健師の皆様には、健康経営を「やらされ感」のある追加業務と捉えるのではなく、専門性を活かし、企業と従業員の健康増進に貢献できる機会として、是非前向きに捉えていただきたいです。健康管理システムWellaboSWPも、そうした産業保健の専門家の皆様の活動を支援するツールとして、お役に立てれば幸いです。

人と組織の健康は、専門家の知見と情熱によって支えられています。法律に守られて健康管理だけをやっていてはその専門性を十分に発揮できる時代ではなくなりつつあります。健康経営を味方にして産業医・保健師の活躍のフィールドが拡大することを願っています。

執筆・監修

WellaboSWP編集チーム

「機能する産業保健の提供」をコンセプトとして、健康管理、健康経営を一気通貫して支えてきたメディヴァ保健事業部産業保健チームの経験やノウハウをご紹介している。WellaboSWP編集チームは、主にコンサルタントと産業医・保健師などの専門職で構成されている。株式会社メディヴァの健康経営推進チームに参画している者も所属している。