【産業医執筆】企業の熱中症対策が義務化へ – 健康経営を推進する事業者が知っておくべき対応策

職場の熱中症災害:データから見る深刻な実態

近年の気候変動による猛暑の影響で、職場における熱中症対策の重要性が急速に高まっています。厚生労働省の統計によれば、職場での熱中症による労働災害は年間約1,000件発生しており、そのうち死亡事故も少なくありません。こうした深刻な状況を受け、2025年6月から企業の熱中症対策が義務化されることが決定しました。

厚生労働省の最新データによると、2024年の職場における熱中症による死傷者数(死亡・休業4日以上)は1,195人で増加傾向にあります。業種別では全体の約4割が建設業と製造業で発生しています。特に注目すべきは死亡災害の状況です。2024年の熱中症による死亡者数は30人と、2022年からほぼ横ばいの状態が続いています。

調査分析によれば、これらの死亡災害事例の多くは、暑さ指数(WBGT)を把握せず、熱中症予防のための労働衛生教育も十分に行われていませんでした。また、熱中症による死亡者には、糖尿病や高血圧症などの基礎疾患を持つ事例が30件中18件と、これらの持病が熱中症の重症化に関連していることが明らかになっています。

2025年6月1日施行:熱中症対策義務化の詳細

労働安全衛生規則改正の要点

2025年6月1日より施行される労働安全衛生規則の改正により、特定の条件下で働く労働者を対象とした熱中症対策が事業者の法的義務となります。これは単なる努力義務ではなく、違反した場合には罰則が科される強制力のある規定です。

対象となる作業環境の条件

義務化の対象となるのは、以下のいずれかの条件に該当する作業環境です

  • 暑さ指数(WBGT値)が28度以上または気温31度以上の環境下で、連続1時間以上または1日4時間を超えて実施が見込まれる作業

WBGT(湿球黒球温度)とは、熱ストレスの評価を行う暑さ指数のことで、気温だけでなく湿度、気流と輻射熱を考慮した総合的な指標です。身体作業強度に応じたWBGT基準値が公表されており、測定値が基準値を超えている場合には、WBGT値の低減、身体作業強度の低い作業への変更、作業場所の変更などの対策が必要となります。

事業者に求められる3つの具体的対策

事業者に求められる具体的な対策は、以下の3点です。

  1. 1.報告体制の整備
    熱中症の疑いがある労働者を早期に発見し対応するための体制整備が重要です。対応の遅れを防ぐため、以下のポイントを押さえましょう。
    • 報告窓口の明確化:
      担当者や連絡先を明示
    • 複数報告手段の確保:
      電話、口頭など複数の報告方法を用意
    • 報告内容の明確化:
      報告者氏名、対象労働者氏名、症状、意識の有無など必要最小限の項目に絞る
  2. 2.実施手順の作成
    熱中症の疑いがある労働者を発見した場合、迅速かつ適切に対応するための実施手順が必要です。本人や対応者が躊躇わず行動できるよう、以下のポイントを明確にしましょう。
    • 熱中症のサイン識別:
      自覚症状と他覚症状を分けて明示
    • 応急処置の手順:
      涼しい場所への移動、身体の冷却、水分・塩分の補給など現場で取り組める対応と手順を明確化
    • 医療機関への搬送基準:
      搬送の判断基準、最寄りの医療機関リスト、救急車要請方法(自社住所まで明記)
  3. 3.関係者への周知
    作成した報告体制と実施手順は、すべての関係者に確実に周知する必要があります。効果的な周知のためには、以下の方法を組み合わせて実施しましょう。
    • 多様な周知方法:
      朝礼、定期的な研修会、目に留まりやすい場所への掲示など
    • 定期的な再周知:
      季節の変わり目や高温期の前に再度注意喚起
    • 理解度確認:
      周知内容の理解度を確認するためのチェックテストなどの実施

違反した場合の罰則

義務化される熱中症対策を怠った場合、事業者には以下の罰則が科されます。

  • 労働安全衛生法第119条に基づく罰則:6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金
  • 重大な労働災害が発生した場合は、安全配慮義務違反として民事上の損害賠償責任を問われることもあり得ます。

最近注目の熱中症対策

熱中症対策は,「作業環境管理」「作業管理」「健康管理」「教育・訓練」の4つの観点から総合的に実施することが重要といわれており、年々その対策も進化してきています。個人的に注目しているアイススラリーについて紹介します。

アイススラリーの効果

アイススラリーとは、細かい氷の粒子が液体に分散した状態の飲料のことです。通常の氷よりも結晶外小さく、流動性が高いことから体の内部を効率よく短時間で冷却するといわれています。最近ではスポーツ界でも目にするようになり、また科学的な根拠も増えてきました。

アイススラリーのエビデンス

筑波大学の研究チームによる調査では、アイススラリーを暑熱下運動前に摂取すると、運動中の過換気や脳血流量の減少などの生理的ストレスを軽減し、持久性パフォーマンスの向上に寄与することが示されています。具体的には、アイススラリー摂取群では運動中の深部体温の低下、換気量の減少、脳血流量指標の増加が確認されました。

東京理科大学の研究では、実際の消防活動を模擬した環境での実験により、高温・高湿環境におけるアイススラリー摂取が、運動による深部体温の上昇を有意に抑制することが明らかになっています。特に防火服着用時など、体内の熱が外部に逃げにくい状況では、アイススラリーの効果が顕著に現れることが分かっています。

最近は暑熱環境での業務のある事業場では経口補水液や塩分タブレットが常備されているのを目にすることが増えてきました。今後はそのような熱中症対策の中にアイススラリーも取り入れられていくのではないかなと思っています。

まとめ:今から始める熱中症対策準備

2025年6月の義務化に向けて、以下のチェックリストに沿って準備を進めることをお勧めします。

 □ 作業環境のWBGT値測定と評価

 □ 現在の熱中症対策の棚卸しと不足点の特定

 □ 報告体制の構築または見直し

 □ 熱中症対策の実施手順書・フローの作成または更新

 □ 報告体制、実施手順の周知方法と計画の立案

 □ 管理監督者向けの研修計画の立案

 □ 従業員教育の計画策定

熱中症対策の義務化は従業員の安全確保はもちろん、企業の健康経営推進においても重要な要素です。今回の義務化の対象とならない事業所でも熱中症対策を見直してみることも良いでしょう。今から計画的に準備を進め、法的義務を果たすとともに、従業員の健康と生産性を守る体制を構築しましょう。

執筆:産業医 澤井 潤

株式会社メディヴァ保健事業部 産業医兼コンサルタント。現在20社を超える企業の嘱託産業医を担当しつつ、コンサルタントとしても活動中。労働衛生コンサルタント(保健衛生)/健康経営エキスパートアドバイザー/産業保健法務主任者。

監修:WellaboSWP編集チーム

「機能する産業保健の提供」をコンセプトとして、健康管理、健康経営を一気通貫して支えてきたメディヴァ保健事業部産業保健チームの経験やノウハウをご紹介している。WellaboSWP編集チームは、主にコンサルタントと産業医・保健師などの専門職で構成されている。株式会社メディヴァの健康経営推進チームに参画しているものも所属している。